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フリーマガジン「きらサポ」オンライン

発行人:沖縄ケア交流会・株式会社ラポール

編集部:メディアプレイス

​〒902-0073沖縄県那覇市上間598-1-107

株式会社マドンナ 代表 山内光子さん

July 31, 2018

 

沖縄の「染織り」をテーマに服地開発から製品になるまで、すべての工程を一貫して行う世界的にも珍しいファッションブランド「㈱マドンナ」。その代表取締役でデザイナーの山内光子さん。これまでに海外で24回のファッションショーを開催、年齢を重ねても、なお活躍し続けるその「輝き」の秘密を追いました。

デザイナーという仕事を知るきっかけ

 

戦後、小学校3年生の頃でしょうか。近くの家に井戸があり、水汲みに行く時いつもミシン仕事をしている方がいて、それを見るのがとても好きでした。その方は鹿児島から赴任してきた先生で、「そんなにミシンが好きならデザイナーになるといい」と言われたことが大きな衝撃でした。「手に職をつけたい」と思ったのはその頃だったと思います。私にはバンドマンのおじさんがいて、アメリカの古着を使って、ボーカルのドレスを作って欲しいと言われたのが最初の仕事です。

 

技術の習得はとにかく実践で

 

おじさんから預かった古着をほどき、型をとってドレスを作りました。それが小学5年生の頃。とにかく実践でデザインして古着を使って新しい服を作る。そうやってお金を稼いで、周囲から褒められて、そして努力した子供時代。周囲からは「このすてきなドレス、こんな子供が作ったの?」なんて言われたけど気にしない。とにかく楽しいのはもちろん、家族のためにお金を稼ぐのに必死だった。今考えるとそれが、いい実践勉強になり、「人に喜ばれるデザインをする」「手元の素材を活かして新しい価値を生み出す」トレーニングになったと思います。アメリカ要素の入った古着をアレンジしていた子供時代は「アレンジャー」だったんだな、と後で振り返って思いましたが、アメリカのファッションを知る事ができた大きなきっかけでした。技術の習得は実践で行えたものの、「理論」の勉強はこのあと洋裁学校に行って学ぶ事で、デザイン、ファッションの世界にさらにのめり込んでいきました。

 

「見るもの」だった紅型を「着るもの」へ

 

紅型はタペストリーや琉舞の衣装など「見るもの」としての位置付けでした。フラワーデザインを学んでいた私は、ウコンや月桃で布を染めたり、染める材料として植物にも注目。その頃の私はブライダルをやりたかったので、ショーに出品する作品を手がけていました。それからフランスなど海外のファッション事情を学んでいくうちに、「その土地に合うファッションがある。沖縄という島国には先人がのこした「染め」と「織り」がある。これを全面に押し出してブライダルと融合させることに注力しました。

 

世界のウチナーンチュ達が力になってくれた

 

1990年ハワイで「沖縄とハワイの虹のかけはし」をテーマにファッションショーを開催したのがきっかけとなり、世界のウチナーンチュへ受け入れられ、海外(ロス、フランス、モナコ他)で24回「沖縄の染織りファッションショー」を開催しました。何万人もの人たちが沖縄のファッションを見に来て、新聞に載ることで、また多くの人の目に留まる。素晴らしいハッピーのループが色々な人の「縁」を紡いで行きました。

 沖縄サミットの2年前のフランス日本イヤー、「ベルサイユ祭」幕開けのパリコレの中で、沖縄ファッションショーを開催し世界に放映されました。フランスにはめったに来れないと思い、沖縄の伝統工芸家を含め約180名を連れて、紅型・藍染・花織・琉球絣など可能な限り展示しました。通常、デザイナーは一種類のテーマで作りますが、あまりにも多種多様な沖縄の素材に、海外の評論家より「200年分の文化を反映させた」と高い評価を頂き、改めて沖縄の先人が残した「染織り」は世界へ誇れるものだと確信し、日常でも着られるよう服地開発に注力し伝統文化の発展に力を注ぎました。

 

かりゆしウェアの名付けの親

 

当時、沖縄県では沖縄を快適に過ごせると共にイメージアップを図る為、「沖縄らしいウェア」を作る取り組みが進んでいました。よりブランド化を目指し名称を統一したいと「県の技術アドバイザー」として相談があり、ファッションショーで「ハッピーウェア」として海外に紹介していた為、「ハッピー=かりゆし」この洋服を着ると縁起が良いという事をアドバイスした事から、その名称に統一される運びとなりました。

 

糸を紡ぐように次世代へ繋ぐことの大切さ

 

界は非常に厳しい。娘がデザイナーの世界に入ってくる時に、その厳しさを伝え、世界を見ることの大切さを教えました。娘がデザイナーになった今、彼女の作品にはアドバイスはしません。アドバイスをすると、それは私の作品になってしまいますからね(笑)沖縄の「染め」「織り」は、私の世代から娘の世代へ確実にバトンタッチ。これからが楽しみです。

 

ハワイ沖縄プラザ落成記念ファッションショー

 

ハワイへ移民された一世や二世の皆さまは、終戦直後、沖縄復興のために沢山の救援物資を送ってくださいました。また、ファッションショーを通してハワイへは沢山の想いがあり10年前からハワイおきなわプラザ建設募金協力活動を呼び掛けて来ました。今年、その落成記念として、王朝絵巻、空手、フラダンス、かりゆしウェアのファッションショーをハワイと沖縄で開催します。ハワイへ今一度、沖縄の文化をお伝えし、そして沖縄の皆さまへハワイと沖縄のゆいマールの歴史をお伝えできればと思います。

 

 

 

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