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フリーマガジン「きらサポ」オンライン

発行人:沖縄ケア交流会・株式会社ラポール

編集部:メディアプレイス

​〒902-0073沖縄県那覇市上間598-1-107

かりゆしホテルグループ創業者平良スミ子さん(89歳)<後編>

October 5, 2018

 

 

 

7部屋の沖之島観光ホテルからかりゆしホテルグループへ

 

沖縄の経済を牽引してきた「かりゆしホテルグループ」。その創業者である平良スミ子さん。
前回は夫婦で力を合わせて資金を貯め、那覇へ移り住み「観光ホテル沖之島」を創業する所までお聞きしました。夫である平良盛三郎氏の先見の明のもと、沖縄を代表するホテルグループへの足跡をお伺いします。

 

<前編はコチラ>

 

「乗り出した船は、岸までつける」努力を怠らないこと

 

 「観光ホテル沖乃島」創業当初は、初めてのホテル業で右も左もわからない中、沖縄と本土の風習の違いもあり、ハプニングの連続でした。

 ある朝食の際、お客様から「ノリはないか」と聞かれ、ノリといえば「糊」しか知らず、洗濯したシャツの糊付けでもするのかと思って、小麦粉を洗面器に溶いて出しました。お客様が「これが食べられますか?」とあきれ返ったり、今では笑い話になるエピソードもあります。

 

 ホテル業の拡大と共に多忙を極め、朝は4時に起床して市場で食材を仕入れ、食事の準備からホテルの業務、そして翌日の準備まで。早朝から深夜まで無我夢中で仕事に追われる日々が20余年続きました。あの頃の苦労を振り返ると今でも涙が出てきます。当時は忙しさのあまり、子ども達の面倒を見る事ができず、長女が弟妹の朝ごはんを作ったり、着替えさせたり、面倒を見てくれました。親の働く姿を見て、子ども達も育っていきました。

 

 子ども達にも支えられ、次男の朝敬が継いだ「かりゆしホテルグループ」は、現在7つのホテル約1500部屋になりました。事業は人がする、人も事業も信用と信頼を築き、努力を怠らない事、前に進む事が大切で、それが世間様に認められる、成功への近道だと思います。

 

profile
昭和5年2月28日生まれ。89歳。

美里村(現うるま市)楚南ナガンザチ与古田出身。

「乗り出した船は、岸まで着ける」が座右の銘。

米軍でのハウスメイド、電話交換手、自宅での縫製業、その後那覇へ移り住み、1962年に夫の平良盛三郎とともに「観光ホテル沖乃島」を開業。「ホテルなは」「ホテルニュー那覇」を経て1987年に「かりゆしビーチリゾート恩納」をオープン。以後、続々とかりゆしホテルがオープンし、沖縄県内に7つのホテルを操業。75歳でホテル役員を引退し、現在は趣味の琉歌や沖縄県更生保護施設元理事、沖縄県ユネスコ協会理事など

 

沖縄かりゆしアーバンリゾート・ナハ

 

 


 

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